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パンデモニウムに住む人 後編

カテゴリー: 背水のブログ・雑記

パンデモニウムに住む人 後編

前編はこちら
※閲覧注意:今回も嫌悪感満載な表現が含まれています

前回のあらまし
人類未踏のパンデモニウムに潜入したsakoであったが、そこはおよそ人類が限界まで想像しうる「気持ち悪さ」を具現化したような地獄であった。うす暗い室内に充満した異臭。腐敗したゴミで足場はなく、ゴミでバランスを崩して壁に手をつくと「ネチャッ」っとしたおぞましい感触に襲われる。というかこんな部屋入れるか!こんな部屋に住んでいる人間が友達だったりしたら・・あなたはどうしますか?



はい、では前回の続きです
自分で書いておきながら気分が悪くなり中断した訳ですが、記憶だけでこれだけダメージを与えるとかどれだけ殺傷力があるんだと・・。なんか内臓系にくるみたいで今も気持ち悪いです。
ここ数年ヒデジ君とはメールで連絡取り合ってたんですが、メールの感じではそこまで異常者の臭いがしないんですよね。割と普通。だから部屋がこんな常軌を逸したことになってるとは思ってなかった。独身男性の汚い部屋をちょっと酷くしたってくらいを想像してたんですが、現実は残酷すぎる。残念なことに僕との相性が悪いというか真逆なんですよ。

僕は潔癖症とまではいかないもののそこそこのA型体質なんです。本屋で漫画が1~50巻まで並んでるのを見た時、ちゃんと順番に並んでないとイラッっとして並び替えてしまうタイプ。それまで住んでた部屋も余計な物を置かない部屋作りをして、多少寝過ごしても仕事前に掃除機を全体にかけて完璧な状態で出勤する人だったんです。綺麗な部屋に帰れるという希望を胸に汚れ仕事をバリバリこなしてました。
旧サコ部屋 旧サコ部屋2

余計な物が目につかないように収納命です、生活感が無くて淋しい部屋ですけどね
今画像を見て、PCデスクの下に見えてる配線にちょっとイラっときたり

誤解の無いように言っておきますが、sakoさんマメな性格じゃありません、かなりズボラです
掃除とかサボって貯め込むと面倒で時間かかるじゃないですか?僅かなゴミをヒョイっと捨てるだけでキープできるならそれが一番効率いいんです。面倒臭がりだからこそ動くってやつですね


そんな僕だから、このド腐れ部屋に入った瞬間には発狂ものですよ。全身鳥肌でマンションごと火をつけてやろうとしたくらい。ヒデジ君もついでに火葬してしまいたい。ま、正直なところこんなキチガイ部屋に入るくらいなら死んだ方がマジだってのが本音なんですが、対決!パンデモニウムの始まりです。

ちなみに携帯に一枚だけヒデジ部屋の写真が残ってました、割とソフトなのが
一応閲覧注意で★

ヒデジ部屋

酷い臭気に満ちてるので、命がけの撮影です、ちょっとした戦場カメラマン
ありふれた汚部屋のように見えますが、表層が新しいゴミでカバーされてるだけですからね
中層あたりは完全な腐敗ゴミ、下層はもうヘドロと化してます
ゴミの高さがベッドやデスクを上回って、もはや部屋のレイアウトとかわからない
しかもコレ、まだマシだった頃の写真っていうのが泣ける

常識的に考えてこのレベルに達した汚部屋を処理するには、昨今よくある老人の孤独死などを処理するような業者にチーム編成と計画を立てた「仕事」として任せるのが一番早いと思うんですよ。個人でどうこうできる範疇を大幅に超えている。ですが僕はもちろんヒデジ君もそんな金は持っていないんで自力でやるしかない。まずは大量の清掃用具や洗剤・消毒剤などを買いにいきました。

マスクを2重に付けてゴム手袋と保護メガネ、季節は夏場で冷房もなくクソ暑いですが防具なしだと死んでしまう。最優先でやるべきは水場の確保です。トイレは近場のコンビニで借りるとして、手も洗えないような家は家じゃない。キッチンのシンクを復旧させることをまず始めたのですが酷かった。彼は自炊はしないのですが、以前住んでいた彼の父親が使った食器が流しに山積みされていたんです(何年前なんだって話)ただ、黒い汚物にまみれて原型が見えないのでそれが食器だとは傍目にはわからない状態でした。洗いましたよ、泣きながら洗いましたとも。今まで色んな汚れ仕事をしてきたけど、これほど嫌悪感を抱く作業は初めてだった。感情を殺さないとやってられない、まともに向き合えば精神を壊される。吐きそうになっては外へ出て呼吸を整えるの繰り返しでゆっくり進めていった。

徹底的に磨いて消毒して、流し台が復旧するのに半日かかりました。精魂尽きて今日はここまでにしたかったんですがそうもいかない。半日汗だくになって汚物と格闘したのですから、シャワーを浴びたい。だけど風呂場はカビにまみれてとんでもないことになってるのです。体を洗う場所が汚す場所になってる。というかヒデジ君に風呂に入るという概念がないのが怖い、死ねばいいのに。風呂場の掃除が終わった頃にはすっかり夜だった。洗剤2本使い切ったもんな。

僕がヒデジ君に間借りしたのはベランダ側の6畳の和室。汚染レベルが一番低いとはいえ寝れる場所ではなかった。とりあえず汚物にまみれた布団などのボスクラスの大物を粗大ゴミ部屋(前編参照)にぶち込んで場所を作り、消毒剤ふりまいて持参してきたマットを敷いてこの日は寝た。翌日からまず自分の部屋を徹底掃除して安全地帯を作り、リビング・玄関・ヒデジ部屋の順で復旧させていこうと考えながら。

問題はいくつもあったけど特に大きいのがゴミ回収でした。可燃物は週2回回収してくれるのだけど不燃物は週1回なんですよ。ヒデジ家のゴミは腐敗してるとはいえ容器や包装袋の類が多いので不燃ゴミが主流になるんですが、初期の段階で集めたゴミ袋が70Lサイズで80袋を越える訳で。家庭ゴミとして出すには非常識極まりない量なんです。しかも不透明とはいえ中身が汚物だらけとか見た目が酷い。毎週少しづつ深夜にコソコソ回収場まで出しに行く情けなさと言ったらね。
毎週あんな汚物捨ててたら回収業者も嫌になったのかイチャモンつけて回収してくれない日もあったもんな。一応規則でゴミ袋は45Lサイズまでってのがあったらしいです。今まで回収してくれたてたのにある日突然「回収不可」シールが貼られて放置されてた。一度に8袋出したのがダメだったか・・。そもそもなぜ70Lのゴミ袋を使っていたのか。
45Lと70Lの袋、並べてみれば確かにサイズが違うけど、意識してなきゃわからない。そしてヒデジ家に大量に置いてあるゴミ袋のほとんどが70Lサイズなんです。なぜ?
「あ、そっちは仕事で使ってる袋だから」とヒデジ君が一言。
いやいやいや、なぜ会社の袋を大量に持ち帰ってるのか、しかも家庭じゃ使っちゃダメな袋を!さらに言うのが遅すぎるやろ・・この男、敵なのか味方なのか分かったもんじゃない。

そもそも僕が汚物まみれで泣きながら掃除していることに対して、ヒデジ君は感謝の言葉どころか喜ぶ素振りさえ見せたことがない。むしろ「チッ」って感じなのである。真夏の猛暑の中、汗だくで吐き気をこらえて汚物処理している僕のストレスや怒りに火を注ぐ存在なのである。何度かはボコボコにしてベランダからぶん投げてやろうか(部屋は4F)と思ったりもした。でも仕方ないんです、彼には感情というものがないのだから。頑張って掃除して、清潔で快適な暮らしを味わえばちょっとは彼の治療になるのかも知れないと思って耐えた。

努力の結果、僕が間借りしてる部屋とリビング・洗面所・玄関通路までが復旧ました。前回UPした通路の画像を参照に
復旧後通路

一番被害の少なかった通路ですら酷かったんですよ。大量の新聞の下には何年前のか知りませんが中身入り飲料のペットボトルや食料が溜まっていて、踏み潰されて腐敗して・・とんでもない異臭を放つヘドロと化してましたからね。この場所だけで新聞紙が9束ぐらいあった。他の部屋と合わせ捨てた分だけで28束。真夏の猛暑の中、4Fから1Fの回収場所まで運ぶのは骨が折れた。エレベーターのないマンションには二度と住まない。

そもそもヒデジ君、新聞を読まないんです。
届いた新聞を部屋にポイッを15年とか意味がわからない。腐敗ゴミの足場として使ってるだけなんです
しかもキッチリ朝刊夕刊ですからね、解約するように散々言ってるんですが
「来月には・・・」と言い続けて現在形でまだ解約してません、おそらく永劫に届くと思う

そんな最中、ついに限界を迎える日がきたんです
最後の汚染区域、最凶の被災地であるヒデジ君の部屋の掃除に取り掛かった日のことです。まずは空き缶を集めようと部屋に潜入することにしたのですが生身では危険過ぎるのです。部屋から漏れてくる妖気が半端ない。僕はいつもの掃除スタイルに加えマスクは3重、靴を履いてビニール袋でガード、クソ熱いけど長袖という簡易防護服スタイルで突入しました。腰上まで積もった腐敗ゴミで埋め尽くされた部屋は100%足場がない。犬だってキャンキャン吠えながら逃げ出しますよこんな部屋。不快感を全力でこらえながら空き缶を回収していったんですが、空き缶じゃなくて中身が入ってるんですよね。昔こんなのあったなーっていうような懐かしい缶コーヒーを持ち上げると重みがあるんです。振るとドプンって音がするの。なんのホラーなんだこれ?せめて蒸発するとか固まるとかしてくれればいいんですけど粘度の高い液体なんですよ。後にネットで調べたら10年以上前に発売されたのとかあったもんな。この日はなんとか缶の回収を済ませたのです。

翌朝、目を覚ますといつもと違う異変が起こってた。体がまともに動かないのです。
酷い吐き気と頭痛、あきらかな高熱、そして右の頬の違和感。右目の下あたりが熱を帯びて感覚がないのです。触れてみるとかなり腫れている感触がありました。丁度、部屋の外にヒデジ君が居たので「俺の顔どうなってる?」ときいてみたんですが、
「何ともない、普通だ」と言い切ったんですよ。
そんな訳ないだろうと何度もきいたんですが、普通だの一点張り。だめだ、こいつが普通じゃない。っと諦めて重いからだで踏ん張って洗面所まで行って鏡を見たんですが。輪郭が変わってしまうほど顔の右半分が腫れてた。つーかお前誰だよ!ってくらい。この日から2週間、僕は意識朦朧で寝込むことになった。水を入れたペットボトルを凍らせて顔にあてながら、頭痛と高熱で何度も吐きこれは死ぬかもなーと思ってた。

おそらくウィルス対策が弱すぎた。ちゃんとした防毒マスクと科学用の防護服がないとあの部屋に入っちゃいけなかった。言葉として正解かどうかは知らないけど「ウィルス」的ななにか、非常に悪性な菌だか新種のハウスダストだかがあの部屋には充満している。なにせそのウィルスを生み出した張本人のヒデジ君すら季節に関係なく毎月3回は瀕死に合っている。本人は風邪だと言い張っているが夏場に月3ペースで風邪ひくとかないだろ。
しかもタチの悪いことにヒデジ君は職場でそのウィルスを撒き散らして同僚に被害を与えている。例え風邪だったとしても彼は病院に行かず何食わぬ顔で出勤してしまうのだ。時給制の彼の会社の同僚たちは寝込んでる期間、当然無給なので貧困生活に陥ってるという。カワイソウ
自分でウィルスを生み出し社会にそれをばら撒くというテロ行為、自分も度々被害に合ってるから訳が分からないんだけど、この日から彼の部屋を「第一サティアン」と呼んでいる。ネタ的にあぶない用語なんであまり大声で言えないんだけどね。恐るべき彼の手腕は、僕が寝込んでいた間に僕の部屋に第二サティアン、玄関通路に第三サティアンをあっという間に建造するという離れ技をやってのけやがった。リビングの端にゴミ捨て場を作ってゴミ袋を設置したのだけど、彼はそのゴミ捨て場まで徒歩数秒、距離にして3メートルの場所までゴミを捨てに行くということができない人なのだ。誰も数キロ離れた場所まで捨てに行けとは言ってない、ほんの数秒の手間をかけて欲しいと言ってるのだけどダメなんです。

恐ろしい話ですが、第一サティアンは現在も手つかずで存在しています。
専用の防護服を入手するまで僕はとてもあの中に入ることはできない。もしあの部屋で倒れでもしたなら、そのまま上に腐敗ゴミが積み上げられて数十年は放置されるからです。そんな死に方は嫌だ。正直なトコ僕は社会人として、いやこの星で生まれた一人の人間として、保健所に通報する義務があるのではないかと迷っています。このウィルスが漏れたら周りの地域住民に多大な被害が出てしまう。つかね、ヒデジ君は外出する時にわざわざサティアンのドアを全開に開けてから出発するという嫌がらせ行為が癖になっている。その空気が循環して僕に襲い掛かる訳でたびたび僕は寝込むハメに陥っている。
去年退院した時点では体力と筋力は低下していたものの、治療で体調そのものは良くなっていた訳ですよ。出稼ぎに出る前にヒデジ君の家に寄らせてもらい、体力と筋力を有る程度回復させてから出発するつもりだったんですけどね、ウィルスにやられてもうボロボロです。ビタミンなどもほとんど取っていないため、また胸に痣ができてきたこわい。今はなるべく動かないようにして体力の低下を防ぐのが精一杯な状況です。寒いと震えるだけでみるみる体力消耗していくとかなんなんだこの状況。

このヒデジ家からの脱出劇は、それはそれは涙無しに語れない壮絶なドラマでした
記憶がある程度緩和されて、気力が出た日にいつか披露しようと思います


さてまとめです
僕がヒデジ家に来て大掃除で出たゴミ
・70Lの袋×72袋
・45Lの袋×79袋
・新聞の束×28束
計 7195L &新聞の山
なんと2Lのペットボトル4297本分の容量&新聞

まだ一番酷い部屋と大量の粗大ゴミがまだ残っているという事実
なにより恐ろしいのは、今でもあの汚物の山の部屋でスヤスヤ寝てるヒデジ君の存在である
宇宙人に連れ去られたい
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2015/03/09(月) 09:45 | トラックバック(-) | comment(0)

パンデモニウムに住む人 前編

カテゴリー: 背水のブログ・雑記

ヒデジ君シリーズ 外伝①

※閲覧注意:今回の記事には気持ち悪い惨状の表現が含まれてます

こんばんは、せっかく暖かくなってきたのに体調を崩してしまいました(ブログ移転前、掲載当時)
今年になって何度目か数え切れないほどなんですけどね。症状は風邪に似ているんですが、僕はここ数日ほど外へ出ていないので風邪の菌に触れることなんてないのですよ。原因は・・住んでいるこのヒデジ家と、僕自身の体力の低下にあるんです。
若い頃から自分の体に自信を持って無茶してきたんですけど、もう歳なんですよね。ビタミン欠乏症をこじらせて胸の皮膚がカサカサで痣までできてましたからね、鍛えてたはずの筋力もビックリするぐらい削げ落ちてた。その状態から回復しきってないのもありますが、今の体調不良の原因は他にもあるんです・・
ヒデジ君というのはsakoさんがしばらく居候させてもらってた旧友のことなんですが、彼の紹介をするにはとんでもない気力と体力が必要だと思われるのでまたの機会にします。いやほんと、すっごいからね彼。僕が今まで出会ってきた数千人の中のキチガイランク部門第一位から微動だにしない。本物の施設から抜け出してきた危ない人とタメ張って勝っちゃったからね。ちょっとだけ今回の記事に関するヒデジ君の紹介をしとくと、彼には汚いものを汚いと感じる感覚・感情がない。生活・家庭などにおける一般常識もない。どうしようもない。


さて、今日のお話は去年僕がヒデジ君の家へ避難してきた時の事件です。
人類未踏の地へ初めて人類が潜入した!って感じの潜入レポートだと思って下さい。初めからわかってればTV局に連絡して2時間ワイドショー枠で撮ってもらったわ。こうしてブログに書くことになるなら写真撮りまくっとくんだった。今更ながら後悔が激しい。

旅立ちの朝、僕はスーツケースに全財産を詰め込んで故郷とも言えるヒデジ宅に向かっていた。退院して体調はある程度回復したものの筋力の低下は激しく、パンパンに荷物を詰め込んだスーツケースを運ぶのは一苦労だった。おそらく駅までの徒歩で時間がかなりかかると思った僕は早朝から始発で出発した。ヒデジ君は昼から仕事なので、それまでに到着しなければならなかったから。10数年過ごした街を出るという感傷に浸る余裕もない、この時に手についた持ち手の痣とマメが1週間は消えなかった、そんくらいの重さだった。
予定していたよりも到着は早く、まだ8時半くらいだった。故郷の駅回りは劇的に都市開発が進んでおりただただ驚いた。でももっと驚くことがあったんだ・・
ヒデジ宅に到着して玄関を開けた瞬間、激しい異臭と何かが腐ったような空気の澱みをまともに受けた。あまり参考にはならないが、たまたま撮っていた写真をご覧頂こう。

ヒデジ家通路
奥が玄関のドア

照明を付けても暗い上に画質も構図も悪くて分かりにくいのだけど、散乱したゴミの通路に新聞で道らしきものが作られている。彼曰く「一般家庭の玄関通路」である。写真手前はまだマシなのだけど、中盤から玄関ドアの手前まで膝下くらいの深さ?というか積もり具合になっていて、迂闊に足を踏み入れるとズボッ!グジュ!っという身の毛もよだつ感触とともに足を取られてまともに進めない。もちろん僕はスーツケースを抱えてこのトラップを進むことなどできずに立ち往生となった。つかヒデジ君本人もよくズビズバァァッ!っと態勢くずして転びかけてた。
いやね、普通の人なら入室拒否しますよそりゃ。新しい仕事と部屋が見つかるまで居候するつもりで、他にアテがなかったんですが、それ以前にこんなことになっていると分かっていればアテになどしなかった。臭いだけで嫌悪感が炸裂してたしね。ここに入るのに必要なのは勇気ではない、諦めと感情破壊だ。
入り口である玄関通路ですらこの有様なんですけど、現実はもっと過酷で厳しかった。この通路に散乱してるゴミはね、部屋に収まりきらずに溢れた分だったんです。言わばボス戦の前にあらわれた雑魚達。つか大ボス本体の髪の毛一本分。
ここでみなさんに恐ろしい事実を伝えねばならない。ヒデジ君がこのマンションへ引っ越してから15年くらいは経っているのだけど、彼は一度もゴミを捨てたことがない。というかゴミの捨て方がわからないとかほざいてた。
そしてなんと、このヒデジ家を最後に掃除したのは若き日の僕だったのである。確かに記憶に残っていた、まだ引越してそれほど年数経っていないというのにこの家はゴミだれけで汚くてシャレにならないことになっていて、僕はブチ切れて徹底的に掃除したのである。ついでに臭いヒデジ君を腕力で無理やり風呂にぶち込んだこともあった。若き日の僕がんばってたな・・。それから15年の年月、およそ人間の想像の範疇を遥かに超える変貌を遂げたヒデジ君の部屋は、とてもじゃない健常者が入ることは叶わないパンデモニウムと化していた。

パンデモニウムとは
17世紀のジョン・ミルトン著の旧約聖書の叙情詩「Paradise Lost 失楽園」にみられる言葉でサタンとすべての悪魔の巣、伏魔殿を指す用語らしい

ヒデジ家の間取りは無駄に3LDKある。つか一人暮らしで高い家賃払ってこんな広い部屋住むならさっさと引っ越すよう言ってるのだが通じてないようです。まず部屋の説明からすると

・ヒデジ君の部屋:地獄、ゴミ山の標高1mを越えていて進入すら不可
・中央の部屋:粗大ゴミ置き場として現在も封印中
・リビング:流し台でバイオハザード、リビングというかリビングデッド
・奥の和室:汚物まみれの布団、3番目にゴミが散乱

さらに洗面所・風呂・トイレも地獄でした。特にトイレ、文字だけで吐き気を催すというか、僕の文才ごときじゃ表現しきれないから割愛するけど地獄だった。夏場に2日ほど徹底的に磨いたけど汚れは取れず、数週間の洗剤浸けおき作戦の後に諦めた。芳香剤いっぱい置いてブルーレットぶち込んでなんとか使用可の状態までもっていったけど、引越しとなれば内装からタンク便器まで総取っ替えになるだろう、大家が可哀相。
ここまでの記述なら、世の中には汚部屋って言葉があるくらいだからこのレベルなら他にも居るだろうと思われる。でも僕がネットで日本から海外まで調べた結果、ヒデジ君の部屋には圧倒的な武器があるのですよこれがまた。
彼は自炊はしない、外食もほとんどしない、食事の98%をコンビニなどであれこれ買い漁って部屋に持ち込んで食べてるのです。ただ、彼には貯めこみ癖というか訳の分からない癖があって、買ってきたのに食べない(飲まない)・ちょっとだけ飲み食いして部屋にポイっと放置する。簡単に説明すると「わざわざ金出してゴミを買ってきて腐敗させて部屋を汚染させる癖」があるんです。彼の部屋のゴミ山の下のほうには今では売ってないような昔の新商品とかが腐りきって眠っている。
そう、彼の部屋のキーワードは「腐敗」。そこいらの汚部屋をあざ笑うかのごとき圧倒的な腐敗ゴミの量、全体の8割が腐敗ゴミとかどうです?

えー、ここから「sakoVSパンデモニウム」のお掃除奮闘記に続く筈だったんですけど
記憶だけで気分が悪くなってきたうえに熱が上がってきたみたいで、申し訳ないですが続きは後ほど後編として書かせてもらいます、マジ笑えない。


後編へ続くく 
2015/03/08(日) 09:57 | トラックバック(-) | comment(0)

ボンタン狩り

カテゴリー: ヒストリー

極道ハイスクール編①

ひとりぼっちという不安と、ちょっぴりの期待感
なにを期待してたかというと、これからの新生活に何か楽しいことがてんこ盛りなんじゃないかっていう
そんな入学式の早朝だった

中学時代、まともに勉強などしたことがなかったsakoさんにとって
底辺な学力でも入れる公立高校なんてないと思ってたんだけど
家から自転車電車徒歩を駆使して1時間の都会にその高校があった
なにせ僕がいた田舎の中学からその高校に入学することになったのは、過去を含めて僕一人っきりなのである
後で気づいたのだが、我が愛すべき母校の中学の先生達からすれば
実験的にsakoのやつをあの高校にぶち込んでみようって思惑があったに違いない
進路指導中の担任が不自然過ぎたもの、今思えばあきらかにおかしい
「こんな成績で入れる公立なんかないぞsako!」
っと言い続けてたのが、ある日急に呼び出されて
「sako君はそんなに悪い成績でもないからこの高校どうだ?」
なんだこの豹変ぶり・・騙された感が半端ない、今からでも乗り込んで暴れてこようかって気になる

ま、そんな訳で一人ぼっちで前情報がまったくない初めての登校
ドキドキの中にワクワクも混ざってて、見慣れない街中を歩いてた訳なんだけど
途中で大きな公園に面した通りに入った時、視界一杯に桜が広がったんです
入学式と桜、誰しもなにかしら思い出があったりするんじゃないでしょうか?
もうずっと昔の話ですけど、僕の記憶にはこの桜並木を歩いたあの日が鮮明に残ってます。あの日の緊張と期待も・・

ただ、その30分後、僕はいろんな事を後悔することになる
クラス分けの張り出しを見て、集合してる体育館で入学式を受け、自分の教室で席につくまでずっと違和感があったけど
気のせいだ、たまたまだと自分に言い聞かせてた
でも、いざこれから1年をともにするクラスメイツの顔ぶれを見回して、どうにも誤魔化せない事実に直面する
この高校、ヤンキーばっかじゃねーかっ!!

はい、僕の通っていた高校はその地域でもっとも悪名の高いド腐れな学校でした
今の時代じゃヤンキーってのはまだ居るのか知らないけど(DQNはなんか違う感じするし)なんというか
それっぽい漫画に出てくるような悪どもがモサーっと生息してる場所なんです
そりゃね、田舎ののどかな中学からこんな危険な高校に行くやつなんて居ませんよ
絶対騙された、田舎教師どもは知ってたに違いない
みなさん見た事あります?金髪ソバージュで化粧の濃いい女子高生って?
青春時代にリアルタイムでそんなの見てれば女子高生に興味なんか持たないって話ですよ
同窓会なんて極道とキャバ嬢の合コンみたくなってたもんな・・

とはいえ、何だかんだとこの極道ハイスクールで僕は青春を過ごしました
友情あり、恋愛あり、抗争ありと、絵に描いたような高校生活(ちょっと過激)を送ったのです
人の適応能力ってすごいね・・しまいにはヤンキー達に普通にツッコミ入れたりしたもんな、こえー

まあこんな底辺な学校ですから、そこいらの中学でヤンチャし過ぎた極道達が一斉に入学してきた訳で
しばらくはトイレなんかから怒号とドッタンバッタンとバイオレンスな音が聞こえてたりするんですよねこれが
サファリパークに放り込まれたウサギの気持ちがなんかわかった気がする
こんな危険な時期だというのに、僕はバイトした初の給料を受け取るなり変形学生服のお店へ直行したんですけどね
なんていうのかな、女子がブランド物を身につけたくなるような感じ?
早くも極道ハイスクールに感化されてしまったようで、標準学生服なんてダセーとか思ってたんですね
当時の学校での流行りは短ランと2タックのボンタンがトレンドだった
そんな用語じゃわからんというヤングメン達に説明すると

ボンタン


↑こんな感じです
短ランは裏地に刺繍とか入ってるのが欲しかったけどね、お高いんですよ
当時でも3万弱はしてましたからね、高校生には厳しいから諦めてボンタンだけ買うことに
店のいかつい親父さんのお薦めをいくつか試着してみて、いやー迷った迷った
親父さんがなんかね、ボンタンのモモのところがムササビみたくアホみたいにビロ~ンって広がるのを薦めてくるんですよ

びろ~ん

いやいや、昔って言ってもヤンキー後期世代でビロ~ンはやり過ぎだから、さすがにそんなん穿いてる奴は居なかった
ビロ~ンがすごいほど悪だぜ!って馬鹿がいたかもしれないけど、少なくとも僕の学校でそんなん穿いてったら屋上から突き落とされてムササビのごとく飛べって言われる
イジメの過程すっとばして殺されてしまうわ
結局気にいった2タックのビロ~ン控えめを選び、親父さんのサービスでウエストの裏にイニシャル入れて貰った
つか、かっこいい刺繍入れてくれるのかと思いきや、このイカつい親父が老眼鏡はめてチクチク手縫いだったのが微妙だったな
ま、買ったからには早く着たい、学校に行きたい、例えそこが猛獣ひしめくサファリパークだとしても!
いやいやこんな時期にボンタンデビューしてヤンキーに目をつけられたらどうするのかと
そんな事を微塵も考えずに、その日のうちに調子に乗って茶髪デビューまでしましたからね、あほの子なんですほんとに

帰ってから母にこっぴどく怒られました
自分の息子が高校デビューしたんだと思ったんでしょうね、そりゃそうだ
僕は自分の中身はれっきとしたウサギであること、入学した高校がサファリパークなのでボンタンに茶パツなんかはむしろスタンダードであることを必死で説明してた
内心はトレンドに乗っかりたい、ただそれだけっていう親の心もわからないあほの子まんまだな、死ねばいいのに

この後、ヤンキー達にボコられてボンタン狩りにでもあってればブログ的にはいいネタになったんですけどね
残念ながらフツーに平和に過ごしてました、やっぱ無理してでも短ラン買っとけばよかった
ここまで書いてこの記事にちゃんとオチができるかどうか、今不安いっぱいなんすよ
何も考えずに回想しながら書いてるのだけど、書いてる本人が一番ハラハラしてる大冒険

それから数日、平和な高校生活を送っていた僕にやっぱり事件は起こった
クラブ活動を終えて(僕は草食系なのでかわいくバドミントン部だった)更衣室に着替えに行った時の事
僕のロッカーがね、破壊されてたんです
もうとにかくボッコボコでベッコベコの扉が半分にへし曲げられてた
僕は特にイジメの対象とかじゃなかったんで、目的は一つしかない
財布とボンタンがあたりまえのように無くなってた
いやーキレましたね、当時沸点の低かった僕は烈火の如き怒りが燃え盛ってボコボコのロッカーに蹴り入れてた
高校入ったばかりのガキんちょsakoにとって1万円ってかなりの大金ですよ
(いい加減おっさんになった今でも超大金なんだけど)
現金はたいして入ってなかったけど、定期も盗られてたから帰りの電車賃すらない
この学校は基本、ジャイアンよろしくな感じで欲しいものは力で奪うってのが日常で
ロッカー荒らしとかね、小物のやること、犯人は腐れヤンキーなんですよ
どんな手段を使ってでも探し出して腕の一本、もいでやらないと気がすまない
うがーーーーーっ!っと怒りのオーラを噴出していたところ
「おい、sakoどうしてん?」っと声をかけられたんです
振り返ると更衣室の入り口に木瀬君ってヤンキーとその取り巻き数人のヤンキー軍団がワラワラっとこっち見てた
ちょっと恥ずかしかった、自分のロッカーに自虐行為してるの見られたからね

木瀬君は同じクラスのヤンキーのリーダーみたいな人で
ヤンキーとはいえ同じ学年だし呼び捨てにするのが普通だけど、木瀬君は1年ダブリの年上だから君呼び
かなりイケメンでクールなのかあまり喋らない、喋っても声小さめってのもあって
今までほとんど接したことなかった、つか初めて話し掛けられたんじゃねってくらい
上の学年と通じてるってのもあって、木瀬君の存在でうちのクラスは争いが成り立たないという平和の象徴のようなヤンキーだった、鳩みたいだ
僕は木瀬君軍団にちょっとビビりながら事情を話したんだけど、さすがはクラスメイツ達
「まじかよクソだな」的なこと言って一緒にキレてくれた
ついでに木瀬君が帰りの電車賃を貸してくれたマジイケメン
しかも翌日に「これもういらんからやるわ」とノータックのボンタンをくれた、あなたは神ですか?
このボンタンがサイズピッタリで、理想のフォルムを演出して僕はかなり気に入ってしまった
浮かれてクラスで見せびらかしてるうちに「ノータックのsako」というネタ的なあだ名が広まってしまい
以降、なにかあると「そんなんノータックのsakoが黙ってないぞ」というフリで厄介ごとを回される迷惑極まりない事態に陥るんだけどね・・

この事件をきっかけに僕と木瀬君はよく話すようになった
当時、アメリカでヘビメタブームが流行ってたか知らないけど木瀬君達はコピーバンド的なことやってて
僕はこの頃ミーハーなとこあったから、頻繁に来日してたボンジョビとかにたまたまハマってたのがあって
CDの貸し借りとか、ギター聴かせてもらったり
2時間目が終わったら抜け出してカラオケ行って歌えもしないハードロックに盛り上がったり
なんていうかヤンキー君と俺物語な時期があったな
実際のとこ、木瀬君はクールぶっちゃいるが優しいし結構あほだ
あほゆえに親しみやすいけど、あほゆえに加減を知らないとこもある
ある日僕が、最近筋トレにハマってて腹筋が割れてきたことを話すと、ヤンキーどもが軽くボディーブローを入れてきた
「おお、結構堅いな」なんて誰かの一言を聞いてスイッチが入った木瀬君
俺にもやらせてとマジパンチ!いやいや腕力がおかしい、ズドン!!って衝撃がきた
細身の体のどこにそんなパワーが搭載されてるのか知らないけど、ボーリングの玉が腹筋に飛んできたってくらいの重み
「やるじゃん」と一言つぶやいてなぜか渾身のフルスイングでおかわりの2発目、3発目・・漫画みたく衝撃で体が後ろにスライドしたもんな
バボォ!って変な声出て吐きそうなったわ、涙目で木瀬君の腕掴んで止めるまで5発くらい飛んできたし
例えボーリング場で事故が起こっても玉が5個も飛んでくるとかないだろ

まあ、こんないろいろはあったものの
僕は木瀬君と木瀬軍団が好きだった、べったりツルむことはしないけど普通に絡んだりはした
悪いことやガキみたいなのは中学時代に散々やったんだろう、彼らは大人だったし器が大きかった
この先、僕に厄介ごとをデリバリーしてくれるクソヤンキーが次々に登場してくるけど
その度に木瀬君達は良かったなーっと思い出してしまうんだ

この極道ハイスクールの近くの国道は族が入り乱れて走る危険地帯だった
族狩りや封鎖ネットなんかは普通で右翼のアレが突っ込んできた事件とかの話もよく聞いた
巻き込まれたりギャラリーしたりとかはちょくちょくあったものの、直接うちの学校との抗争とかはなかったと思う
僕の知っている中での第一号は「木瀬軍団、絡んできた族をフルボッコ事件」
早すぎる別れだった、退学自主退学含めみんな居なくなったもんな・・大人で器が大きいって言った僕の気持ちを返せ

「sakoこれやるわ」と別れ際にボンタンを何人かくれた(捨てるのが面倒だった説)
その中にね、なんか見覚えのある2タックのボンタンがあったんですよ
ウエストの裏地に手縫いで僕のイニシャルが縫い付けてあるの、たぶんイカつい親父が裁縫セットで縫ったみたいなのが
おおおおい!!僕の盗られたボンタンをなぜあんたらが持ってんだ!
ここで記憶の糸が1本に繋がった
ロッカーの扉をボッコボコに破壊する腕力=ボーリングの玉が飛んできたくらいの威力のボディーブロー
僕にくれたノータックボンタンがサイズピッタリ=僕の2タックボンタンがサイズピッタリな人

犯人は奴か・・
事の真偽は分からない、いつかまた出会ったら笑い話として聞いてみよう
そう思いながら、僕は卒業するまで木瀬君達と再会することはなかった
卒業式の日、ボコボコなまま使い続けたロッカーを見て、入学当初のこの思い出をそっと愛でるように撫でた
桜に思い出を一つ追加して、僕は卒業証書を片手に待っている人の元へ歩き始めたのだった
2015/03/06(金) 09:45 | トラックバック(-) | comment(0)
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